弥山凌ハーフロックタイム

〜凌の気ままな日常〜

ウイスキーをハーフロックで グラスにウイスキーと水を半々に注ぐ 度数も下がって程よく酔っ払う そんな気分で… いくつになっても夢追い人、演者 弥山凌(ミヤマリョウ)の、取り止めもない、よもやま話を今夜も聞いてもらいましょう。

僕がジュリアンになった理由。

映画「赤と黒」 U-NEXTより


Episode 036

不定期恋愛小説 『K・陽子』vol.5

前回までのあらすじ;
一の瀬が経営するBARに陽子が現れる。初対面の二人だったが、映画を見に行く流れになる。映画鑑賞の日がやって来た、初めてのデート、、
映画を見終わって、二人で食事に行くつもりだった陽子を残してバンドの練習に、、

 

高校生の頃、僕は『赤と黒』の主人公ジュリアン・ソレルだった。フランスの片田舎ヴェリエールの町に住む鍛冶屋の三男坊。
レナール夫人との道ならぬ恋、別離。ナポレオン軍政下のパリ、軍人に憧れる若者達。ジュリアンもその一人だった。ラ・モール公爵の娘との恋愛。士官への切符を手に入れようとする時、愛が全てを覆す。そして、ギロチンの刑で人生を終える。

本当の恋愛というものを経験してない高1の僕にとって、その物語は甘く切なく冒険的で心が奪われるのは自然なことだった。
1学期の中間テストが行われ、答案用紙の名前の欄に全て『ジュリアン』と書いて提出した。
英語の藤井先生が冗談のわかる人で、答案用紙を返す時に僕を『ジュリアン』と呼んだ。クラスの連中は、始め呆気に取られた感じだったが、一人増え一人増えして、僕をジュリアンと呼ぶようになった。

僕は、そうやって小説の主人公の名前を手に入れた。おそらく僕の精神は、フランスから運ばれてきたものだ。
陽子は、この話を気に入ってくれた。実際彼女自身も物語の中から抜け出てきたような印象があった。現実感から離れた二人をいつもシャネルの香水が包み込んだ。僕たち二人にとって『現実』という言葉は意味を持たなかった。

2回目のデートに僕は遅刻した。フランス映画を見る予定だった。陽子との約束の時間は、二時。僕が到着したのは、二時半だった。映画館のビルの入り口で少し待ってみたが、なんの手立ても思い浮かばなかった。その頃は、まだ携帯が普及していなかった。その日、彼女とは会えなかった。

その夜電話をするかどうかを迷った挙句、いつも通り11時きっかりに電話した。思いがけず陽子の母親が電話に出た。いささか面食らう。陽子は風呂に入ってた。10分もすれば出てくると教えてくれた。10分を少し過ぎて電話した。
「もしもし何ですか。電話をおかけ間違えになっていませんか。どなたですか。イタズラ電話はダメですよ。ママに言いつけますよ」
「遅れたんだ。ちょうど30分。ごめん。次はちゃんと間に合うように行くから。本当に悪かったって。怒らないでよ。オレが悪い。だから何でも聞いてあげるから。次は間違いなく…」
「陽子を誰だと思ってるんですか。仏の顔も三度までって、言葉を知っていますか。陽子のお願い、本当に何でも聞いてくれるんですか。だったら、今度食事に行ったら『いただきます』のキスをするんですよ。分かりましたか」
「キスか、うん。わかったよ。何度でもしてあげる」

キスの儀式が始まった。食事に出かけたあらゆる場所でその儀式が行われた。
木屋町にある知り合いがやってる居酒屋、満席状態のBarのカウンターの一角、オバ様連中がたむろする八坂神社近くのイタリアン、家族連れが多い三条通りにあるお蕎麦屋さん、京都花月裏手にあるこじんまりしたお好み焼き屋、河原町通りに面したミキハウスの地下のおしゃれな喫茶店

儀式は、食事の前と後で行われた。それは、フランス映画のワンシーンのようなものだった。セックスを想起させるようなキスではなかった。
いい大人が付き合っているのだから、何もないのはおかしい。でも、僕たちの間には何もなかった。
一緒に食事をする。映画を観る。お寺や神社へ行く。会話をする。ショッピングに付き合う。ままごと遊びの世界、それに近い。僕と彼女が共有してる世界は、一般の人が想像する大人の関係ではなかった。


✳この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。